Push-pull法

東アフリカで主食となっているメイズですが,面積あたりの収量は700-1800kg/haであり,アメリカの約7500kg/haと比べると大変少なく,輸入に頼らざるを得ない状況が続いているようです.この原因は主として鱗翅目のズイムシ類(stem-borer)と,寄生植物であるゴマノハグサ科のストリガ(Striga属,英名witchweed)であるといわれています.研究室のプロジェクトリーダーであるKhanさんは,これらをほぼ完全に防除する「Push-pull法」の考案者として有名です.「Push-pull法」は,畑の内部ではズイムシが忌避するデズモディアム(マメ科)を間作し(push),畑の周辺部にはズイムシを誘引するナピエルグラスを植えて(pull),トウモロコシの被害を減らそうとするものです.デズモディアムにはアレロパシーによってストリガを排除する作用があり,マメ科であるために土壌を肥沃にする効果もあるため,Push-pull法を適用した畑の収量は通常の1.5〜2倍になるという研究結果が出ています.殺虫剤や除草剤を使う事に比べればお金もかからず,ナピエルグラスとデズモディアムは供給量の安定した飼い葉となるので牛乳の生産量が増大するという効果もあり,二石四鳥くらいの方法といえます.Push-pullがズイムシの防除に有効である仕組みについては,デズモディアムがズイムシに寄生する蜂の誘引物資を出す事とか,ナピエルグラスはメイズ以上にズイムシの産卵を誘引するにもかかわらず,「のり」状の防御物質を出してズイムシの幼虫をトラップし,死亡させる事など,いろいろと面白い現象が分かっています(Push-pull法の詳細についてはhttp://www.push-pull.net/を参照).

 自分で調査して思った事ですが,ストリガの悪影響というのは相当なもので,これが生えている一帯のメイズは,丈が50cmくらいで止まってしまい(健全な株では2mを超える),色も黄色がかって,見るからに不健康になります.農家の人たちの話だと,かつては畑にストリガが生え出すと引っ越ししていたそうですが,最近は人口が増えて,そうもいかなくなってきたようです.ストリガを排除するデズモディアムの発見が,Push-pull法の成功した要因として大きいと思います.もうひとつ思うことは,このプロジェクトは研究成果の宣伝や「しくみ」づくりが上手いということです.NGOやメディアとの提携により,現在,ケニア国内だけでも2000戸の農家にPush-pull法が普及しており,タンザニアウガンダエチオピアモザンビークなどでも普及がすすんでいるそうです.また種子会社と提携してデズモディアムの種子の流通システムができており,Push-pullをおこなっている農家は種子を1kgあたり600-800Ksh(約1000-1400円)で売却する事ができます.プロジェクトには社会経済学者も参加しており,Push-pullの活動を通して農家の収益がどれだけ改善されるかについても調べています.

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ズイムシの1種Chilo partellus(メイガ科).1930年代にアジアから偶発的に侵入した.

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C. partellusの3齢幼虫.

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ストリガの1種Striga hermonthicaは一株あたり2万から5万の種子を生産する.種子は15年以上も休眠する事ができ,メイズが植えられると発芽して根に寄生する(写真はICIPEのホームページより転載).

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ストリガの繁茂した畑では,メイズの丈が大きく減少する.

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Push-pull法を取り入れた農場.畑の周囲に生えているのがナピエルグラス.畑内部ではメイズの畝の間にデズモディアムが植えられている.

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デズモディアムの1種Desmodium uncinatum

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ナピエルグラスは写真のような外来品種の牛は喜んで食べるものの,田舎で飼っている牛はあまり好まないとか.また,牛が放牧されている地域では畑のデズモディアムが食われてしまい,なかなか定着できない,といったところが難点らしい.